麻布十番で働くCEOのBlog(旧・南麻布で働く社長のblog)

成功報酬型求人メディアGreenの運営や、インターネットサービスの企画・開発を行う株式会社アトラエの社長のblogです。

いよいよ4月ということで、多くの企業では今日から新しい期が始まっているのではないだろうか。
弊社アトラエは9月決算なので今日から下半期に突入ということになる。

新卒3名(1名が半年留年により。。。)が新たに加わり40名ちょっととまだまだ小規模ながら、少しずつ組織としても拡大していっている。


そんな中で改めて経営者として考えるべきだと思うことは、社員全員、つまり組織全体のエンゲージメントを如何にして高くするか、そして高く保つかということ。

エンゲージメントとは、従来の単純な満足度とは異なる組織の状況を測る指標として昨今注目を浴びているものである。もともとはエンゲージメントは「企業やブランド、商品、サービスなどに対してユーザーが愛着を持っている状態」を表す言葉として使われていたものであり、それが転じて組織に対する従業員の愛着心や思い入れを示す、いわゆるモチベーションやロイヤリティを総合的に表す言葉として使われるようになったという。


ではどうして今頃になってそんなことが言われ始めたのか。
以前から従業員のモチベーションやロイヤリティは大事だったはずではないのか。


個人的には恐らく2つの理由があると思っている。

もちろん以前からも重要視してきた組織もあるのだろうが、製造業と知識産業ではその重要度のレベルが違うということなのではないだろうか。

我々のようなインターネット産業においては、経験や知見、情報やノウハウは全て個人に蓄積していく。ナレッジデータベースやノウハウの共有などと工夫はするものの、所詮は個人の頭の中に蓄積していくものの方が圧倒的に価値がある。

つまるところ優秀な人材の流出というのは、蓄積してきたナレッジやノウハウの流出に他ならない。
製造業でいえば特許流出に近しいダメージがあるといっても過言ではないように思う。

無形のサービスによって価値提供をする組織のほとんどがそうなのではないだろうか。
そしてこれからはそういった企業が経済の中心となっていく以上、組織エンゲージメントが注目されるのは当然のことといえる。


もう一つは日本における労働人口の減少が考えられる。
現在の有効求人倍率をとってもわかるが、日本はだいぶ採用が困難な国になりつつある。特に優秀な若手人材の採用は極めて難しく、とんでもない競争環境の中で採用しなければならない。それにも関わらず、やっと採用した若手社員が簡単に辞めてしまったりするから、困ったものである。

つまるところ採用にも相応のコストがかかる今の時代において、採用することの前に、優秀な社員が辞めないような組織を創ることをしない限り、穴の開いたバケツに水を汲み続けることと同じくらい、意味がないことになる。


上記2つの理由から、従業員のエンゲージメントを高めるということが注目され始めているのではないかと推察する。

従業員のエンゲージメントが高いことによって、社員の離職に伴うオペレーションや引き継ぎなどのコストが削減され、採用コストも抑えることができる。そして何よりも人が長期に渡り働いてくれることで、経験とノウハウを組織として蓄積していくことができる。経営者として常に社員流出のリスクと向き合いながらリスクヘッジしないといけないケースと、そういったことを意識せずに社員を頼り、社員を信頼して、積極的にノウハウを蓄積することができるケースでは、当然後者の方が経営はしやすい。


昨今は働き方改革で長時間労働是正やブラック企業撲滅などが叫ばれているが、単に長時間労働だからブラック企業だと決めつけるのは甚だおかしいと感じる。芸能の世界で活躍している人達やアスリート達なんかもハードに活動していることは多々ある話であろう。

ビジネスの世界でも没頭したり熱中したいときもすべきときもある。
大事なのは自分の意志で自分の判断で選択しているということ。
つまりエンゲージメントが高い状態であれば問題ないのではないかと思う。
ブラック企業か否かの判断は、従業員エンゲージメントをしっかりと測定し、その高低によって判断しなければ、本質的に悪質な企業かどうかは見極められない。


ちなみに弊社アトラエではこの2期間において人が1人も退職していない。
つまり直近数年においては離職率がゼロということである。
これは流動性の高いIT業界では極めて珍しい結果だろう。

新卒採用に時間も費用も投資しても、しっかりとそのメンバーが長期に渡り成長し、活躍することによって、十分な費用対効果を得られる。


現在弊社ではwevoxという業界でも数少ない組織エンゲージメント測定ツールを新たなサービスとしてリリースしている。既に引き合いは多く、IT・インターネット業界はもちろんのこと、日系大手企業からの引き合いも多く頂いており、組織力向上に対する意識の高さや注目度が伺える。

今までの経営ミーティングなどでは、常に事業のKPIのみが共有されてきて、人事や組織については抽象的な報告・共有だけだったケースが多いのではないだろうか。これからは組織エンゲージメントについても毎月定例で報告・共有することで、組織力向上に対して適切なPDCAサイクルを回し、戦略的に組織を構築・改善していく時代になっていく。

事業と組織のKPIを注視し、適切なPDCAサイクルを回すことこそが、これからの時代の経営者の成すべき仕事ではないだろうか。

現在弊社では組織エンゲージメント87というハイスコアな状態ではあるが、中期目標として95まで高めていくことを先日の社員総会で発表した。社員全員で本気でこのスコアを目指し、組織改革を行っていく。

「社員の声が組織を変える」

まさにこれがwevoxのコンセプトである。

ダイバーシティや働き方改革など、組織や働き方のあり方が問われている今日この頃。

良く管理職の何%が女性であるとか、女性のための福利厚生だとか、多くのレガシーな日本企業が女性の活用を意識したリリースや目標を打ち出しているが、それってなんか変じゃない?

そもそも経営という仕事はビジョンやミッションなど目標の実現に向かって組織を動かし、パフォーマンスを高め、社会に価値を創造することに他ならないわけで、そのために無理に何%を女性にするとかいうのはどう考えても、その目的とはなんら関係しておらず、ナンセンスで違和感しか感じない。

本質的なダイバーシティというのは女性だけでなく、国籍や宗教、年齢などを含めた多様性を意味するものだろうし、第一、本気で会社を強くしようと考えたり、目標を実現しようと思ったら、女性だろうと、年寄りだろうと、若手だろうと、お母さんだろうと、フルタイムだろうと時短だろうと、外国人だろうと関係なく、チームをより強くして目標達成の確率が少しでもあがる人を積極的に活用するに決まってる。

事実弊社では、ママさん社員が多数働いてる。ほぼフルタイムで働くシングルマザーもいれば、常勤監査役もママだし、時短で働くママも2人、産休中のママも1人。全員アトラエのビジョンに共感し、アトラエで給与に見合った(もしくはそれ以上の)パフォーマンスを出して貢献してくれている。

極めてバリューが高い人達だから、時短であっても是非働いてもらいたいというのが経営者としての本音であって、決して何%の社員がママかどうか、みたいなことは一切気にしてない。もちろん能力がありパフォーマンスを出してくれる人達がストレスなく仕事に集中できるような環境作りやルール作りをするのは経営者の仕事であり、そういう意味でママでも、時短でも働きやすいようなカルチャーやルール(ほとんどルールはないけど)は整ってはいる。

つまるところ、ダイバーシティなんて本気で会社を伸ばそうと思ったら、自然とそうするだろっていう話であり、強いチームを作る上で、女性はだめで男性が、、、正社員じゃないと、フルタイムじゃないとなんて言ってられるような時代ではないということなんじゃないかと思う。

少なくとも私自身はダイバーシティーをことさら意識したことなんてなく、あくまでも意欲があって能力がある人と働きたいと思ってやってきただけで、そのうちの何人かが結婚して子供を産んだりしただけだし、子供産んだって優秀な人には活躍してもらいたいから、それに見合う働き方を提供できるように工夫しているだけ。

ということで日本の管理職の何%を女性に、、、とかいうのは到底ダイバーシティの意味を理解してないようにさえ思う今日この頃。

市場価値や専門性について興味や関心を持つ若いビジネスパーソンは多いだろう。

昨今の東芝問題やシャープの買収などを目の当たりにすれば、そりゃ当然会社依存のキャリアではなく、純粋に市場価値を高くできなければ不安定極まりないことに気付き始めるのも当然だろう。


ただそこで市場価値やキャリアというのは具体的にはどういうものなのか。
私は安易に専門性や特殊技術を高めることを、市場価値だ、キャリアだと言ってる人が多すぎることに少し危険性を感じる。

会社組織において評価できる人材かどうかというのは、あくまでもその組織のビジョンやゴールなど目標実現に対して、どれだけ貢献したか、どれだけポジティブな影響を及ぼしたか、という軸で判断されるべきであろう。

極端に言えば技術力が高かろうと、金融知識が豊富だろうと、会社の成長や目標達成に対して、さほど影響を及ぼせない人であれば、評価には値しない。

じゃあ技術や専門性は不要なのかといえば、それは全く異なる。
多くの組織において人並み以上に貢献し、活躍するためには、専門性や知識、経験や実行力、リーダーシップやマネジメントスキルなどが必要になってくるわけで、あくまでも貢献するために必要な要素を身につけていく、そういう発想が最もナチュラルではないか


例えばエンジニアであれば、もっともっとこの会社に貢献するためには、社内でまだ誰も習得していないこの技術を自分がマスターすれば、今まで以上に貢献できると思えばそれを学ぶのは極めて正しい選択だろう。

所属する会社で使えもしない技術や専門性を身につけたところで、貢献という尺度でみれば、何のプラスにもならない。勿論幅広い知識や経験が日常のパフォーマンスに生きるという意味では、ゼロではないのかもしれないが。。。。


日々の仕事において、自分の成長、市場価値の向上にフォーカスしている人が組織人として一流になれる可能性は限りなく低い。あくまでもその組織の成長や目標達成に対する貢献にフォーカスし、その貢献度を最大化するために努力を惜しまない人が、一流のビジネスパーソンへと成長していくのだと考える。先日のエントリーでも書いた「一流のマスト条件は視座の高さ?!」とも通ずる話である。


本田圭佑がNHKのプロフェッショナル〜仕事の流儀〜という番組の中で語っていた言葉を思い出す。


どっかでテイクしますよ。今はギブに努めて。 by 本田圭祐    


一人一人がプロフェッショナルで、常にステップアップを意識しながらチャンスを追い求めている人達が集まるチーム。そんな有能な選手ばかりの世界だからこそ、「人のために」「チームのために」ということを考える選手は少なく、如何に自分が目立ち、パフォーマンスを上げ、スカウト陣の目に止まるかを考える。しかしそんなチームが勝てるわけはなく、選手のレベルに反して連戦連敗が続く。
そんな中、本田圭佑は視点を変え、この程度のチームを勝たせられないようならステップアップしても活躍できるわけがない。まずは「チームプレイ」にあえて徹することでチームを勝ちに導くべきである。その切り替えによってチームはみるみる強くなっていき、本田圭佑はスカウトの目にとまり、セリエAへとステップアップしていく。


こういった話は決してスポーツチームだけの話ではなく、あらゆる組織やチームに当てはまる本質的なセオリーではないかと思う。

何にフォーカスして日々努力するか。何のためにインプットするか。何のために専門性を磨くか。
チームで何かを成そうとする以上、極めて大事な問いかけではないだろうか。

最近こんなブログエントリーばかりなのは、恐らく最近の私自身の大きなテーマの一つに、若手社員の育成ということがあるからだろう。

複数事業を運営しつつも、各事業はリーダーが責任をもって率いてくれているようになりつつあり、私自身は、中長期的な会社の飛躍のための様々な取り組みと、人材採用・育成を含めた組織の強化を主たるミッションとして取り組んでいる。

そんなことで、できる人とできない人の差が何で生まれるのか、何を伝えてあげられれば、どんな機会を提供してあげれば、人は伸びていくのか、そんなことをいろんな人と議論したり、情報を収集したり、自分の経験と照らし合わせながら考えたり。。。。


ある時に聞いた話で、できる人の行動で面白いほどの共通項があるという。
それはその人にとって良いと思う本を薦めたときの行動に現れるという。
多くの人は「今度読んでみます!」といった反応をするだけに留まり、一部はメモを取るという。そしてごく一部はその場ですぐにスマホで即購入し、数日中に読み終え、感想を送ってくるという。
この最後の一部の人達こそ、仕事ができる人達に共通する行動なのだとか。


私自身、平時から社員個別の課題に合わせてちょくちょく本を薦めたりしているのだが、その後の彼らの行動を観察していると、確かにそんな傾向があるように思えてきた。先日もとある若手社員に二冊ほど本を薦めたところ、翌日にはデスクの上に2冊の本が届いているのを見て、なかなか行動力があるなーと感心した。


私なりの解釈としては、本を薦められたときに即購入するという行動からわかるのは、インプットや成長に対して貪欲であり、なおかつ決断力・行動力に長けていて、タスクを先延ばししないという、そんなことなのではないだろうか。

そう考えれば確かに仕事ができる人の共通要素が垣間見える気がしないでもない。

結論、仕事ができる人は上記のような行動を取る傾向がある。
しかし上記のような行動をとれば仕事ができるようになるという話では全くないので誤解なく(汗)。

個人の成長、市場価値の向上、専門性向上など、向上心や成長欲求の強い人達は常に自分の価値向上と向き合いながら、日々努力している。

フリーランスで働くのであれば能力や専門性の向上は何よりも命綱だろうし、そこが最大の武器となるのはそのとおりだが、組織で働く上では実は一番重要な要素はそこではないのではないと思っている。

話は飛ぶが、よく営業が強い組織において最も売上をあげる人が出世しているケースを見かけるが、本当にそれが組織として成長する上で正しいのだろうか。大企業で十分な能力や専門性を磨いてきたにも関わらず、ベンチャー企業に飛び込むとその多くが実力を発揮できないのは何故なのだろうか。


私が今まで16年以上もの間、経営者として多くの社員を見てきて、活躍する人とそうでない人、優秀だなーと思う人とそうでない人の一番の差は、実は能力や専門性ではないと考えている。

経営リーダーと言われるような組織でバリューを出す人達における共通要素は、能力の高さや専門性もさることながら、それ以上に視座の高さやメンタリティにあるという結論に達した。視座の高さやメンタリティが経営者や起業家のそれとほとんど同等である人達こそが、組織において最も成長し、最も貢献し、最もリーダーとしての信頼と尊敬を集めるのは、私の経験上ほぼほぼ間違いないと断言する。

どれだけ能力や専門性を有していても、視座が低かったり、メンタリティが低かったりすると、そもそも単なる専門家にしかなれず、組織において高い価値貢献をするようなリーダー人材にはなりえない。

逆に視座が高く、常に経営視点を持ち、まるで自分が経営者かのように考え、判断し、行動するようなタイプの人材は、極めて早期に組織リーダーとして活躍することができる上に、いつのまにか能力や専門性も一定以上身につけているケースが多い。

一番間違いやすいのは、営業組織などで最も高い売上や実績を上げている人が、最も組織において優秀なのではないということ。ここを間違えて抜擢などすると組織作りにおいて大きなミスを犯すことになりかねない。

抜擢するならば、その人の持つ視座やメンタリティをMUST条件としつつ、その人が周囲を納得させられるだけのパフォーマンス(必ずしもトップパフォーマンスである必要はない)を出したタイミングで実行するのがベストだろう。

多くのサラリーマン的な人達は、個別に見ると得意領域においては一定以上の専門性や豊富な知識を有していることはありながらも、どうしても視座やメンタリティという面では完全なる労使関係における「労」としての意識が染み付いてしまっているケースが多く、そこを脱却しない限りは組織リーダーへと成長するのは極めて困難であろう。


視座やメンタリティを鍛えさせる上で、自分の組織やチームを持たせてみるというのは一つの育成方法なのかもしれないと最近思うようになってきた。私自身も26歳から上場企業の子会社の社長という自分のキャパシティを超える役割を任せてもらったことが、今でも大きな財産となっているのは間違いない。

そういう意味でも組織としては積極的に挑戦し続け、経営リーダー人材が育つようなオポチュニティを沢山創造していくことで、組織はますます強くなっていくのだろう。

アトラエのようなフラットな組織であればこそ余計に、肩書や立場で管理する管理職ではなく、視座の高さと圧倒的なリーダーシップで組織を率いるような、そんな人材が極めて重要になってくる。

一言で言えば人としての器の大きさ、それこそがリーダーとして大事なのかもしれない。

いろんなところから「お前の器はなんぼのもんなんだ!」と言われそうで、だいぶ気まずい着地になってしまったが、あくまで私自身も発展途上の若手経営者ということでお許し頂きたい。。。。

会社が成長する中で時折脳裏をよぎるのは、自分自身も経営者として進化しない限り、近い将来この組織において不要な存在になるという事実。

これは被害妄想でも自信のなさからくる不安感でもなく、健全なる組織における当たり前の事実に過ぎない。

会社が成長するにつれて、経営者として求められる役割やバリューが変わってくるのは当然であり、その変化に対応できなければ、いつしかバリューが出せなくなってしまうのは自明だろう。

弊社に関していえば、この1年くらいで完全に事業運営は任せられるメンバーが育ってきており、いよいよそのフェーズの経営者に期待される役割は、この半年やそこらのパフォーマンスではなく、むこう1〜3年くらいの成長を加速させることであるのは間違いない。

一方で1〜3年の成長を加速させるには何をどうすればいいのだろうか。

会社を立ち上げて13年以上もの間、プレイング経営者として常に第一線で戦ってきた私にとっては、そこの進化は決して簡単ではなく、ここ数ヶ月は上記のような自問自答の繰り返しだったように思う。

年末年始にまとまった時間が取れたことに加え、最近多くの経営者仲間と会食させてもらう中で、私より先を走る経営者達からの貴重なアドバイスもあって、ようやく見えてきた。

私が今やるべきは、短期的な売上確保ではなく、長期ビジョンに基いた1〜3年の中期の戦略立案とその実行、そしてそれらを長期に渡り実行できるような強固な組織作りや人材育成なのだろう。そしてそれを成すためには、もっと自分自身の経験や知見、知識や人脈の幅を広げないといけない。


その一つとして、今までずっとお断りしてきた社外取締役や顧問などの依頼について、今後は自分の経験の幅や知見を広げる意味でも基本的に前向きに検討していこうと考えている。お役に立てることがどの程度あるのかはわからないが、組織作りや会社経営という点では多少なり経験してきたことを還元できるようなケースもあるかもしれない。


複数の会社と関わったり、多くの経営者と幾度となくお会いする中で得られるティップスは、本やネットから得られるそれとは雲泥の差がある。それらの生の価値ある経験を積み重ねる中で、自分の視座を高め、次なる存在意義を有していかなければ、私自身のアトラエにおける価値はなくなっていく。それが健全な組織の新陳代謝なのだから致し方ない。


改めて、アトラエという会社のステージの変化に伴い、自分自身も単なるベンチャー起業家から、上場企業経営者へと進化を遂げると共に、今までの小規模組織のプレイングリーダーから、本格的な上場企業CEOとして、より高い価値を発揮していきたい。

どのフェーズまで自分が進化し続けられるか、こうなったらとことん食らいついてやろうと思う♪

毎日毎日、本当に身近なところで多くのイノベーションが起きている。
人はなかなかそれをイノベーションだとは認識できない。

さらにいえば、その中の人になってしまうと、いよいよ自分達の未来さえも見えなくなってしまう。
水の中にカエルを入れて少しずつ火力を強くしていくとカエルは気づくことができずにゆでガエルになるという話は有名な比喩だが、まさにそういうことのなのだろう。


銀行や保険会社、テレビ局などが未だに就職活動で人気があるのは何故なのだろうか。
米国ではGoogleが就職人気でもおおよそTOPクラスにいるのに対して、日本でSoftBankや楽天やDeNAやサイバーエージェントは就職人気ランキングでTOP100にさえ入らない。

この20年で日本のおかれている経済環境は大きく変化を遂げている。
GDPは右肩上がりから完全なる横ばいに。その背景には少子高齢化があり、さらにグローバル競争時代の到来により、いよいよ本格的な資本主義、つまり自由競争社会へと大きく様変わりした。

SHARP、東芝と昨年から新聞を賑わせていることからも、いい加減気付く必要がある。世の中は大きく変わってきているということに。
銀行は合併を繰り返し、もはや昔の銀行名さえも思い出せないほどだし、保険会社に至っては全ての名前を並べた奇妙な社名になってしまっているし。。。社内椅子取りゲームの椅子はすでに先輩達の順番待ちであり、これからの若者には部長の椅子さえも空かないのではないか。さらに日本の生命保険加入率は世界でもトップレベルで市場規模も世界一だと聞いたことがある。これから人口の減っていく日本でこれ以上生命保険の市場が伸びる可能性なんてないし、何を目指してその会社で何十年もの長い社会人人生を過ごすのだろうか。

銀行もいよいよスマホで全てが完結する時代であり、近い将来貨幣さえも使わない情報決済時代がもう目前まで来ているわけで、地銀や信用金庫を含めて今ほどの数の銀行が残っていられるとは到底思えない。だったらFintechの成長企業にいった方が未来におけるビジョンは描けるのではないか。

テレビ局においても、規制で特別に割り当てられた放送網という土管を保有し、その土管を通してコンテンツをお茶の間に届けることで成り立ってきたわけだが、これだけインターネット網が張り巡らされ、高速化するといよいよ土管としての放送網の価値が大きく毀損している。そもそもニュースとスポーツ以外にライブで見たいというニーズがどれほどあるのだろうか。そうなってくるとHuluやYoutube、はたまたNetflixやAbemaTVとの激しいコンテンツ競争時代に突入する。従来の収益力を維持するのは極めて困難であろうことは予想に難くない。


少し強烈な言い方をしたが、事実そんな時代が到来しているにも関わらず、多くの若い人は未だにそれを認識しようとしない。

そもそも日本には偏差値社会で多様な生き方、多様な選択を認めない風潮が強い村社会的な側面がある。単一民族、島国、経済大国という特殊な環境のせいか、極めて閉塞的で周囲が良いというものが良いと考える傾向が強いように感じる。

自分の人生、自分の頭で自分の幸せや自分の生き甲斐を見つけていかなければ、これからの時代、誰も他人の人生に責任なんて持てない。それどころか頑張っていても自分の人生がどうなるかわからないような混沌とした世の中であり、経営者さえもいつまで経営を任せてもらえるかわからないような時代に、雇用の保証も何もあったものではない。

そんな世の中だからといって嘆く必要はないと思う。そういう変化の時代にあっても、活き活きと生きている人達は確実に存在する。やっと多数決では決まらない幸せのあり方が問われる時代になったということなのだと思う。

キングコングの西野さんはお笑い業界の未来が見えていたのだろう。かつてない方法で自らの社会における存在意義を見出している。私は極めて頭のいい方だと思っている。

もう過去の成功の方程式は成り立たない。新しい自分なりの成功の方程式を作っていくことでしか、自分の幸せな未来は存在しない。

就職活動をしている学生には是非とも自分の頭で考え抜いて、これからの社会人人生で、誰とどんなビジョンに向かって冒険をしていくのかを選択してもらいたい。面白くなき世を面白く生きて、日本の未来を少しでも明るくしましょう。

年末年始、ドタバタで久しぶりのエントリー。それにも関わらず全然面白くない真面目な話題で恐縮です。。。


本日の日経新聞にも大きく取り上げられていたが、昨今、企業における働き方、いわゆる長時間労働に対する風当たりが強くなってきている。昨年の電通における事件もその風潮に更なる勢いをつけるきっかけになったのかもしれない。

個人的には単なる長時間労働の廃止や、残業代支給の徹底が、本質的な解決策につながるとは到底思えない。そもそも現在の労基法自体が現代のホワイトカラーの知識労働に対して大きくズレていることこそが、あらゆる問題の原点にあるのではないだろうか。

勿論だが、がむしゃらに長時間働くことが正しい働き方だとは到底思っていない。
家族と過ごす時間や自己啓発の時間なども人生において極めて重要だと考えている。
一方で毎日18時に仕事が終わってライフワークバランスが取れれば良いとも思っていない。
大事なのは、人はそれぞれ価値観や志向性、体力や家族構成が異なるということ。その中で各自が自由に働き方を選択できる世の中になっていくことこそが、大事だと考えている。端的にいえば多様性を受け入れるということかもしれない。

では日本企業のグローバルレベルでの競争力を維持・向上させながらも、国民の幸福度を高めていくためには、国はどう動いていけばいいのだろうか。


個人的には以下の2点がポイントになるのではないかと考えている。

ヾ浜職以上の社員に対する解雇規制の緩和
▲┘鵐押璽献瓮鵐箸砲茲誅働状況の把握


,浪鮓杁制を緩和することで、企業が得するように言われがちだが、それによって日本の働く人達が企業に依存しなくなり、自らのキャリアや成長、市場価値を磨くことを意識し始めるのではないかと考える。それと同時に企業は優秀な人材が流出しないように、常に良き機会を創造し、社員にとって最適な組織である努力をする必要が生まれてくる。多少の荒療治感は否めないが、このくらいやらない限り、これからのグローバル化の流れの中で日本企業や日本のビジネスパーソンが戦っていくことはできないのではないだろうか。

また△砲弔い討蓮△泙気膨校間労働禁止の方向性で議論がなされていることに対する懸念でもある。個人的に管理職以上などの一定レベルのホワイトカラーについては、自らの人生の時間をいつどこに投資するかは自由であるべきで、個々人が職業を自由に選択できるようにさえなれば良いと考えている。会社からの強制によって働いているのか、そうでないのかは、その会社の従業員のエンゲージメントで確認していけばいいのではないか。ストレスチェックなどももう少し精度の高いものができれば、組織として人が幸せややりがいを感じているのか、そうでないのか、健康状態を保っているのかそうでないのかは、十分にチェックすることはできるはず。


改めて企業は表面的な収益向上や、従業員満足度向上、労基法への対応に終始することなく、社員全員の幸せや健康を重んじる必要があると思っている。そして何よりもやりがいやエンゲージメントといった心の満足度を満たせる組織を構築していく必要があるのではないか。

そういった考えから、弊社では現在wevox
という組織のエンゲージメントを定量的に可視化するサービスを創り上げた。

事業におけるPDCAだけではなく、組織におけるPDCAを適切に回せるようになれば、もっと成長できる企業があるはずだと思う。意図せずして(?)最後は完全にセールストークになってしまったが、これからの知識産業社会においては、有能な社員を採用・育成・定着化できる組織こそが、長期的に勝ち残っていくと信じている。

いよいよ2018年入社の新卒採用活動が本格的にスタート。
毎年恒例の超多忙な時期に突入。

新卒採用は会社の未来に向けた投資であり、長期戦略においては極めて重要な取り組み。
今年も一切の手抜きなく、本気で過去最高レベルの仲間を集めるべく、全国飛び回る覚悟。


そんな中、学生との話の中で面白い質問があったので共有を。


「安定企業は存在しないと言うがベンチャーよりも大企業の方が安全ではないのか?」
「大企業からベンチャー企業は転職できるが、逆はできないと聞いたがそうではないのか?」



資本主義という自由競争社会において絶対的安定は当然ながら存在しないのは自明。
一方で竹の子のように次々に生まれるベンチャー企業と、歴史と実績を持つ大企業のどっちが倒産リスクが少ないかといえば、当然ながら後者であるのも事実。しかしながら考えるべきは、会社が倒産しないことや存続し続けることと、自分が望むような働き方が維持できるかどうかは全く別の話。

自由競争社会においては、プロスポーツ選手のように市場で十分な価値を持つ人達は、組織に依存することなく個人としての安定を得ることができる一方で、高度経済成長期のような一種の雇用保証は不可能なため、実力がないままに会社依存が高まっている人達は、近い将来厳しい現実と直面することになるのも自明。

さらに突っ込むと、大企業からベンチャーは転職できて、逆はできないという理論が成り立つとすると、大企業の社員が総合的に見てベンチャー企業の社員よりも市場価値が高く優秀であるという現実が成り立たなければいけない。さすがに実力がないのに大企業出身だからとか、ベンチャー出身だからということで採用するなどという非合理的な現実は起こり得ない。

もしそういう時代があったと感じるのであれば、それはそもそも大企業に入る人材とベンチャーに入る人材の能力差がとんでもなくあった時代の印象が残っているのかもしれない。現時点でも大企業を最初の就職先として選択する優秀な学生は後を絶たない。ゆえに第二新卒に近い若い世代であれば、大企業からベンチャー企業に行ける人は多いと言っても過言ではないかもしれない。しかしながら大企業にいるからベンチャーに行けるということではなく、もともと優秀な人材が大企業に入ってたというだけの話。

つまり結論としてはどっちからどっちであっても、十分な実力や経験、ノウハウなどを有することなく転職できるなどという非合理な話がまかり通るわけはない。常識的に考えれば誰でもわかる話ではないだろうか。どちらの環境で努力した方が力がつくか、シンプルにそれだけである。

そうでないとすると、読売ジャイアンツに属している選手はみんなヤクルトスワローズには移籍できて、逆はできないみたいな話が成り立つということになる。あるわけがない。実力、期待、信頼、あらゆる面で個人個人が評価されるのが自由競争社会である。

改めて、同じ会社を選んでも得られるキャリアは異なるのがこれからの自由競争社会。
つまり真の資本主義社会。

これからは会社に依存したビジネスパーソン人生ではなく、自らの意志に基づき選択し努力することで市場価値を積み上げていくビジネスパーソン人生へと変わっていく。

改めてこれから就職を考えている学生の人達には、その本質をしっかりと理解し、自らが情熱を注げるような悔いのない選択をしてもらえると嬉しい限り。

暗雲立ち込める日本の未来を変えていくのは、我々世代を含めた若い世代であり、その一人ひとりの選択や決断、そして努力によってのみ、日本は良い方向に進んでいくのだと思う。

最後に、久しぶりのエントリーがさほど面白くなかったことをお詫びしつつ、終わりたい(T_T)

働く上で成長したくない人というのはあまりいないだろう。
勿論、稼げれば成長なんてどうでもいいというタイプの人もいるのかもしれないが、多くの人はどうせ仕事に関わるなら自分も成長したいと思うのではないだろうか。

少なくとも弊社のようなベンチャー企業に飛び込んでくるような若者は100%成長意欲を持って入ってくる。しかしながらその後成長できる人となかなか成長できない人が存在するのは何故なのだろうか。

私なりの仮説として、いかに正確に自己認知ができるかどうかということがかなり重要だと思っている。
具体的に言えば、自分ができることとできないことを正確に把握することができるかどうか。
自分が目指すビジネスパーソン像との差異を的確に認識し、その差異を埋めるために、正しい努力ができるかどうか。

それに尽きるのではないかと思う。


極めて簡単な話しなのだが、多くの若手がその過程で「プライド」という見えない壁にぶつかる。

こんなはずじゃない、自分の強みが活かせてないだけだ、この仕事は向いてないのかもしれない、などなど、自己防衛本能がフル稼働して自分の見栄やプライドを全力で守ろうという意識が働く。

それによって自分の現状を適切に把握できず、結果として改善もできない。
PDCAを回すとよくいうが、現状認識なくしてPDCAなんて回るわけはない。

更には自信をなくしたり、落ち込んだりして、前に進めなくなってしまったりするケースも多い。

目指すビジネスパーソン像を高いところに設定すればするほど、簡単には到達しないわけで、焦りや悔しさを感じることも増えるのは致し方無いとしても、身近な人と比べてちょっとパフォーマンスが悪いだけで自信を失ってみたり、たいした努力もしないうちから落ち込んでみたり、というのは何の意味もなさない。

できる人からどんどん盗み、少しでも近づき、追い越すべく努力する以外に成長の道はない。
落ち込んだり、自信を失ったりする人に限って、身近な人との比較の中で優越感を感じたいという気持ちが強く働いているタイプが多く、これはいわゆる承認欲求やプライドが強い人に多いイメージ。

実は私自身も若きし頃はそんな傾向も多少なりあった。。。。
ただ負けん気と向上心だけがその数倍強かったことが功を奏して成長するに至っただけで。

なので気持ちはよく分かるが、ビジネスの世界は長い長いレース。こつこつと努力を積み上げていくことが何よりも大事。自分より優秀な人なんて世界中にいくらでも存在する。そこを意識しすぎても意味がないので、まずは自分が目指す姿や理想像、ロールモデルを設定し、そこに到達すべく現状の自分の課題を適切に認識し、改善努力をすることこそが、成長の第一歩。

ということで、成長したいならまずはしっかりと自己認知すべし!!

成長している人ほど自分の課題を正しく認識し、その改善にとんでもない努力をしている。それなくして自信を失ったり、落ち込んだりするのは、努力している人からみれば当然であり、そんな感情を持つこと自体がまだ早過ぎる。

小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところに行くただひとつの道だと思っています。
                                  by イチロー

天下のイチローでさえもこんなことを言ってるのだから凡人であれば当然小さな努力を積み重ねる以外に道はない。

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