麻布十番で働くCEOのBlog(旧・南麻布で働く社長のblog)

成功報酬型求人メディアGreenの運営や、インターネットサービスの企画・開発を行う株式会社アトラエの社長のblogです。

昨日は慶応大学の体育会学生向けのイベントに参加し、エネルギーある体育会学生20人くらいといろいろと話しをさせてもらった。

その中で複数の学生から以下のような質問をもらった。

「旅行にはいけるくらいの休みと給与はもらえますか?」
「成長もしたいし、やりがいある仕事もしたいし、旅行も行きたいし、給料も高い方がいいです」

極めて本音で話してくれたみたいで面白かった。

まあ確かに誰でもやりがいがあって、成長できて、給与が高くて、休みが多ければ最高なのは間違いないわけだけど、それだと自分に合致した就職先は選べないのは間違いない。

でも本音ではどれが一番大事なんだろうか?!
もし最悪、仕事はつまらなくても、休みと給与があれば旅行には行けるから、まあまあだと思えるのであれば、そういう職場は存在すると思う。

一方で将来的には給与も休みも大事だけど、まずは何より仕事を頑張って仕事ができるようになることが第一で、将来家族を持つようになるころには時間や給与も一定余裕が持てるようになれればいいと思うのであれば、そういう職場も存在するだろう。

弊社は明らかに後者だろう。


全てを得たいのは誰でも同じだが、全てを得るにはそれなりの時間と努力を要する。

例えば成長企業で、仕事にやりがいを持ち、本気で努力し、寝る間も惜しんで働いた結果、成長し、仕事をコントロールすることができるようになれば、時間的にも余裕が持てるようになり、評価されることで給与も上がり、旅行にも行けるようになる、というケースは多々ある。

一方で1年目で仕事はまだ何もできない、でも休みをとって旅行にはいく、給与も一定もらえている、という状態は、ないとは言わないが、正直市場原理からして明らかにおかしい状態であるのは間違いない。その状態が長く続くことはありえない。


でもやりがいがある仕事を始めてしまうと、休みが取りづらいのではないか、とか、御社はいつでも休めるのでしょうか、などという質問も良く受ける。基本的には勿論個人の自由だし、アトラエに限っていえば、ほとんど制約はない。が、だからといって本当にいつでも休めるかというとそうでもないのが実状だと思うし、当然チームで目標をもって頑張っている以上、いつでも休めるなんて環境はありえないとも思っている。

例えるなら、プロスポーツチームの選手がオンシーズンに試合を休んで家族旅行にはいかないのと同じこと。

何度も言うが、基本的にはいつ休みをとってもいいし、勿論有給は権利としてちゃんと使ってくれて構わないと思っている。しかしながらチームとして目標を追いかけている以上、自分のチームがまさにオンシーズンなタイミングで自分勝手な休みを取ることはさすがに許されない。これは上司がとか社長がダメというという意味ではなく、チームメンバーからの信頼を失うという意味。あくまでも仲間や顧客などに配慮した上で、迷惑をかけないタイミング、スポーツ選手でいえばオフシーズンを選んで休みを取るのが組織で働く以上、最低限のマナーではあろうと思う。


更に言えば、もし将来的にやりがいのある仕事をしながら、時間も一定自由があり、給与も高いことを望むのであれば、やはり体力的にもプライベート的にも最も時間が使える20代から30代前半のうちにとことん仕事に打ち込むことが大事だろうとは思う。

最初から仕事とプライベートと給与もバランスを取ろうと思っていると、30代になって仕事ができない人になり、結局は時間もコントロールできなくなり、バランスを失うことになりかねない。


最終的に本気で仕事と時間と給与を得たいのであれば、まずは仕事に本気で取り組み、時間を自分でコントロールできるくらいに仕事のできる人間になれば良い。そうすれば給与もおのずと付いてくる。


勿論選択する土俵は凄く大事。頑張って頑張っても給与が上がらない業種やビジネスモデルも存在するのも事実なので、そこは賢い学生であればわかると思うが、ちゃんと一人あたりの生産性が高いことや高くしていけるかどうかをチェックする必要性はあろうと思う。


改めて、組織やチームで何かを成し遂げようとする以上は、自分勝手な都合だけで動くことはできないが、逆にいえばしっかりとその点さえ意識すれば、おおよそ自由に楽しく働き、生きていくことができる、そんな組織こそがもっとも働きがいのある組織なんじゃないかなとー思う次第。

それこそが弊社が目指す理想の組織です。

サービスの価格って結局のところ適性価格に収斂されていくよねっていう話。

昔と異なりこれだけ情報社会でテクノロジーも進化してきた中で、情報のアービトラージを利用しただけの付加価値の低い仲介業務は既に価値を生まなくなってきている。

また人を介するビジネスにおいても、テクノロジーの進化と共に真に付加価値がないものは、次第に低価格化が進む傾向にある。


これからますますグローバル化が進む中で、通信費の高さや一部の人材紹介会社のFEE、不動産の仲介料や更新料などなど、明らかに高すぎるものは、それに見合う付加価値を生み出していない限り、必ずディスカウントが進むと思われる。


そう考えると自社のサービスの価格設定を考えるときというのは、そのサービスの対価がどの程度の価値あるものなのか、を真摯に考え、それに見合う設定をすべきなのだと改めて思う次第。

水は重力にしたがって上から下に落ちていく。
噴水などはそれを動力によって力技で上に持ち上げるわけだが、結局最後は下に落ちてくる。
つまるところ原理原則本質論が大事なのだと考える。

上手に儲けるのではなく、価値あるサービスを創造することに力を注ぐことこそ、これからの経営において大事なことなのだと思う次第。

自戒の念も込めて。

年齢を重ね、経験を積み重ねていけばいくほど、自分の得意領域や心地良い土俵から動きづらくなる。

自分はそんなことはない、自分は常に向上心と成長意欲がある、そんな思いで突っ走ってきたものの、ここ数ヶ月で少しずつ居心地がいい環境から動くことに対して、腰が重たくなっていることに気付いた。

自分がイニシアティブを持てる環境に身を置くことで、自分の持つ武器で価値貢献ができる、言い換えれば、自分の持つ武器で十分に勝てる土俵を選んで戦うことによって、苦戦せずに済む。


例えるなら、サッカーヨーロッパリーグで戦っているトッププレイヤーが、トップチームでは活躍しづらくなってきた晩年になると、Jリーグなどに移籍して再び価値発揮しているようなイメージだろうか。

そのこと自体は決して悪いことではない。というか最後の最後まで自分に価値を感じてくれるところで最大限努力するという意味では素晴らしいことだと思う。

一方でビジネスのフィールドでいえば、40歳前後はまだまだ若造に過ぎない。

たかだか15年ちょっとの経験をもって、その経験とノウハウで勝てる範囲内でしか勝負をしないような人生になってしまっては話にならないと思う。まだまだ自分の経験したことのないようなフィールドが多々存在している。

今更そんなところに挑戦して、何度も失敗したり挫折をしたりしながら、頑張って習得し、自分を成長させ、その目標に到達していくなんて、考えるだけで嫌になるが(笑)、ビジネスというフィールドで自分が成し遂げたいことを成し遂げるためには、なりたい自分になるためには、そのハードルを越えていくしか道はない。

そしてまだ今からでもなんでも挑戦できる。決して遅いということはない。


私自身、来年の大きな挑戦として以下の4つを上げている。(一部出せないものは◎にしてるが)

・英語で組織を統率できるようになること
・新規事業を収益軸として確立させること
・◎◎◎により成長速度を早めること
・海外展開への足がかりを掴むこと

正直どれも決して簡単なチャレンジではないが、近い将来実現できている状態をイメージすると、明らかにワクワクできる自分がいる。一度の人生、自分の仕事の土俵をビジネスフィールドに決めた以上、働いている間はワクワクし続けたいと強く思う。

また別の視点から考えると、成長し続ける組織において、成長しない個人は次第に不要になっていく。そしてそれは社長であっても例外ではない。

弊社のように若く優秀な人材がとんでもないスピードで成長してきている組織では、いくら創業社長といえども安穏としていたら、近い将来必ず自分以上に社長に相応しい人材が現れる。もし自他共にそう認める人材が育ってきたときには、潔く身を引く以外に道はない。

負けん気の強い私にとってはちょうどいいプレッシャーだけどw


どんな業界でも40歳を超えてくると慕ってくれる後輩も増え、ある程度手を抜いても成果を出せるようになっていたりするもの。そのノウハウや人脈をもって効率的に稼ぐという道を選んでいる人も多い。

しかし65歳までが現役としてもまだ25年も残っている。今まで経験してきたのはたかだか16年、17年程度。そんなレベルで残りのビジネス人生をワクワク・活き活きと楽しめるとは私は到底思えない。


山登りと同様、努力して到達した人にしか見えない景色が必ずある。
私自身、今まで何度も挑戦し、その度にそういう体験をしてきたから、それだけは確信している。

勿論逃げ道は沢山ある。しかし一度の人生、心底納得いくまで挑戦し続けたいものである。


Be always challenger! Never too late!!

ちょっと今日は肩の力を抜いたブログを。
別にいつも肩に力入ってるわけじゃないんだけど(^_^;)


10月から新たな期が始まり、早くも2ヶ月が終わり、3ヶ月目に突入。
本当に時が経つのはあっという間だとつくづく思う。

今期も最初の四半期は目標をしっかりとクリアし、次に見据える土俵は第二四半期。
第二四半期さえクリアできれば、例年の傾向からして下半期はうちの得意ゾーン!

もっと良い会社にしたい、もっと良いサービスにしたい、もっと多くのお客さんに価値を提供したい、こんな一人ひとりの強い想いが右肩上がりの成長を実現している。経営の根幹って本当にどんな人を採用し、どうやって活かすかでしかないなーと感じる。


話は大きく変わるが12月は中高時代の友人の中でほぼ最後の生き残りがハワイで挙式ということで、仲間達とお祝いがてらちょっと休みをもらってハワイに行く予定。
1月にもうちの役員の結婚式と元社員の結婚式が立て続けにあり、ほんとにめでたい限り。

ただそんなこんなもあり12月はスケジュールがもういっぱいいっぱい。
既に会食などは1月での調整しかできない状態に(T_T)
ま、こんな忙しい時期に友人の結婚式にかこつけてハワイに行こうとしてる自分のせいなんだけど。。。

でもこういうドタバタもなんだか師走っぽくていいかも。
今年は会社も29日の午前中までと、金融機関のようなハードスケジュール。

そこまでして仕込んでいる新たな種が2016年に一気に花咲いてくれれば、来年も凄く良い年になるだろうし、アトラエにとって大きな転機になりそう。

年明け2月くらいからはアトラエ初の外国人社員も入社してくるし、4月には新卒も7人(2人は10月入社だけど)加わってくれるし、盛り上がるなー。

来年にワクワクしながら、最後まで気を抜かずに頑張ります。

今の日本の産業界において右肩上がりで成長している唯一の業界はインターネット・IT産業。
先日とある経営者のこんな講演を耳にした。

日本の経済を再興させるためにはこの業界の成長を加速させ、この業界における雇用創造は勿論のこと、レガシーな業界におけるイノベーションが必要だと感じる。


まさにますます産業の中心が知識産業へとシフトしている現代において、経営のキーファクターが人や組織へとシフトしていくのは自明だろう。BSに掲載される有形・無形の固定資産ではなく、人や組織、文化や価値観といった決算書には載らないような会社の資産こそが勝敗を分ける、そんな時代に突入しつつある。

そんな中で人を採用し、人を育成し、人を定着させ、人を活かす、ことこそが経営の要であり、経営者が最も頭を悩ませつつも時間を投資すべきポイントになっていくはず。

まさに我々はTechnologyを駆使することで、そのお手伝いをしていくことを生業にしていこうと考えているわけだが、中でも最近凄く大事だし、自分の中で意識しているのは「人を活かす」ということ。


というのも私の経験則上、こんな風に思っている。

採用することに重きを置いている会社が最も多い。
次に育成することに重きを置いている会社が多い。
定着に力を割いている会社は意外にも少ない。
そして人を活かすという領域になるとほとんどの企業はできていない。

かくいう私自身も人を活かすというところまではなかなか到達できていないこともあり、最近ではそのあたりを強く意識するようにしている。


一番危険なのは、ある特定の業務・職務が出来るかどうかで、優秀か否かを判断してしまうこと。
どうしてもオペレーションが苦手だったり、対人コミュニケーションや交渉が苦手だったり、論理的思考力が弱かったり、と苦手な要素はある。でも論理的思考力が苦手でも行動力や対人コミュニケーションに長けていて、営業的な仕事を任せるとどんどん信頼と売上を勝ち取ってくるような人もいる。

特定の業務・職務を任せ続けることで、社内で間違ったレピュテーションを構築してしまったり、本来の能力とかけ離れた評価しかしてあげられないのはあまりにももったいないし、お互いに不幸な話。
しかしついつい社内でしか通用しないような評価の仕方になりがちだし、目の前の仕事が上手にこなせるかどうかで評価や社内レピュテーションが決まりがちなのも事実。

その時に経営陣までもがそこに乗っからないように気をつけないと、将来の大事なダイヤの原石を潰してしまいかねない。

多くのそういう人達はチームを変わることで大きく羽ばたいたりする。

人にはそれぞれ強み・弱みがあり、チームとしてパフォーマンスを出す上ではお互いが補完しあうようなフォーメーションが大事になってくる。つまるところ適材適所が大事だという、昔から言われ続けている至極当たり前の話なんだけどw


ただここで難しいのが、強みを活かすことも大事なんだが、全社員に要求すべきベーシックスキルというのも存在すると考えている。これなくしては強みを活かすこともままならない。

例えるなら、いくらメッシがテクニシャンでも、プロサッカー選手として十分に走り回れるための最低限の体力や、最低限のフィジカルは必要であり、そこなくしてプロの世界での華麗な活躍はありえないのと似ているかもしれない。

その基礎力が不足していると、そもそもどんな強みを持っていても活かすに至らないので、その場合はまずそこから鍛えていくしかないということになる。その間こそが最も本人もしんどい。何せ苦手なことにも一定レベルまでは努力して取り組むことが求められるわけなので。

しかしそこを乗り切った先にやっと自分の強みを存分に発揮できるフィールドや機会が待っているということを強く意識することが大事。

リーダーたるもの、そこまでは何としてもメンバーを引っ張っていくべきだと思う。
そしてメンバーは簡単に自信を失ったり、将来を不安視したりせずに、自分の強みが活かせるところまでベーシックスキルを磨くことに専念することも大事。

もちろん社員数が増えていけばいくほど、一人ひとりの特性やポテンシャルを見極め、活かすことが難しくなる。そのためにも社内のリーダー達全員が同じような意識や感覚を共有し、常にあらゆる社員の特性や強みを見極める努力をしていく必要がある。

少なくとも自分達が面接して評価して期待して採用した人材である以上、雇用の責任も含めて、しっかりと一人ひとりの社員と向き合うことが大事だと思う。

この知識産業社会において、優秀な社員を採用し、育成し、定着させ、そしてその全ての社員のパフォーマンスを最大化できる組織が成長・成功できないわけはない。

経営者は今こそそこにフォーカスすべきではないだろうか。

自戒の念を込めて久しぶりのエントリーでした♪

今シーズンもいよいよ新卒採用活動が始まる。
なんだか年中新卒採用している感じがするw

まあアトラエの最も重要な採用リソースなので致し方ないのだが。

それはともかくとして、最近の学生と会うと思うのは、あまり「欲」がないということ。
欲といっても様々な欲があるわけだが、どの欲も総じて弱いような気がしてならない。

勿論社会が成熟していく過程において、どういう社会情勢や環境下で生きてきたのか、ということによって、多少なり欲求の方向性が異なることは理解しているつもりなのだが、欲求の方向が異なるというよりも欲求自体をあまり感じないタイプの人が増えているような気がしてならない。

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これは有名なマズローの欲求5段階説だが、決して自己実現の欲求に段階的に少しずつ昇華していってるといる印象でもない気がする。


私の世代はバブル世代とは異なるものの、結構みんな欲求の強い世代だということは、経営者仲間を見ていても、友人を見ていてもある程度は感じることができる。

お洒落な服を着たい、かっこいいクルマに乗りたい、広くて快適な家に住みたい、美味しいものを食べたい、そんな至極単純な欲求がもともとの仕事のスタートラインにあったような気がする。

だからといって金稼ぎが全てだとも全く思わないし、思ったこともない。

どうせ一生仕事に関わるのであれば、自分の好きなことや世の中に価値があること、評価されるようなことをして、稼げればなおさら幸せだろうし、何よりたった一度の人生である以上、楽しく生き甲斐のある人生を送りたい、そんな思いを持っていたのが我々世代の特徴なのかもしれない。

これはマズロー欲求5段階説でいえば、生理・安全・親和・自我といった、いわゆる欠乏欲求が満たされるようになってきた時代に育ったからこそ自己実現の欲求を持つようになった世代だと言えるのかもしれない。

では最近の若者の欲のなさはなんなんだろうか。

もしかしたら清貧こそが美徳なり、の日本人的価値観によって抑圧され続けた結果なのだろうか。

個人的には資本主義社会のベースは一定の健全な欲求で成り立っているような気がする。
そしてそこに対して努力する人が一定数居てこそ成り立つ社会なのだと思っている。

欲を持つことは悪とされ、努力することが無となってしまう、そんな国にしてはいかんのではないか。

最近海外のアントレプレナーと接することも増えてきている中で、日本のアントレプレナーは本当に優秀な人が多いと感じる。語学力と国際感覚の問題だけで、それ以外は決して海外の注目されているアントレプレナーと比較しても負ける気がしない。

そんな出る杭をもっと引っ張りあげ、社会を活気づけ、多くの人が欲を持つようになっていかないと、日本という国の経済が再び立ち上がっていく気がしないのは私だけだろうか。。。。

「◯◯さんは仕事ができる」
「△△さんは仕事ができない」
「◎◎さんはプレイヤーとして優秀」
「★★さんはプレイヤーとしてはいまいちだけどマネージャーとしていい」


日々仕事をしているとこんな会話は日常茶飯事ではないだろうか。
かくいう私自身も経営の根幹を成すのは人であり組織だと思っているので、経営ミーティングなどでの議題の半数程度はそういうことのディスカッションや課題などについて話合っているくらい。

では仕事ができるとか、できないとかって何なんだろうか?
成果を出す人と出せない人の差には何が影響しているのだろうか?
凄い優秀な営業マンがなかなかマネージャーとして成功できない理由は何なんだろうか?


私の経験則上、究極的にはPDCAという言葉に集約されているのではないかと考えている。
今更何をそんな使い古されているビジネス用語を、、、、と思われるかもしれないが、なかなかどうしてこの言葉は奥が深い。

前置きが長くなったが、今日は少しこのことについて書いてみようと思う。


結局仕事というのは、

Plan  目標やそこに向けた戦略・戦術などを立案する
Do   立案した戦略・戦術に基づいて実務を遂行する
Check 遂行した結果について検証し、戦略・戦術の正しさやそことの差異を検証・認識する
Action 検証・認識結果を元により精度が高い戦略・戦術を立案し、再度実行に移す

というサイクルでしかないように思う。

プレイヤーと経営者などマネージメント層の人の仕事の違いは、このサイクルを個人で回すのか、組織で回すのかでしかない。

そして大きな組織のマネジメント層になればなるほどに、PDCAでいうところのPやCに費やす時間が増えていき、逆に大きな組織のプレイヤー層になればなるほど経営陣や上司の立てた戦略や戦術、方法論に基づいて実行する(Do)するのみが求められる傾向が強くなる。これが従来の大企業の構造ではないだろうか。

プレイヤーとして優秀というのは、営業でも経理でもエンジニアでも、ある程度の方向性や目標や商品やターゲットさえ決まっていれば、Doについては人よりも上手にできる人、ということだと言ってもいいかもしれない。

しかしいくら営業が優れていても、いくらコードを早くかけたとしても、目標設定や戦略立案、企画や方法論を考えられないようでは、チームにおけるリーダーとしてはさすがにワークしない。


ちなみに経営者もまさに同じだと思っている。

会社組織というチームにおけるPDCAを如何に高速で回せるかが、優秀な経営者とそうでない経営者の差なのではないだろうか。

ちなみに良く言うビジネスアイディアが豊富な起業家というのは、経営者としてのセンスが良いのではなく、サービス企画や新規事業開発といった領域におけるDoの能力が優れていると考える方が近い気がしている。

会社において決まった仕事をDoのみしている実行部隊の人達や、そのDoをする人をただ束ねてマンマネジメントをしている人達は、まず自分達が何を目指しているのかを再度確認し、そこに向けて自分が何を担うことができれば最も貢献できるのか、を経営視点で考え直し、そしてそれを自分もしくは同僚・仲間・部下とどうやって実行していくか、などを意識して仕事をしてみると良いかもしれない。


良くDeNA創業者の南場さんがおっしゃる戦略ファームでの経験が経営者や起業家としては足かせだったというオモシロ話の本質は、私なりの解釈では、結局経営とはPDCAを組織で回すことであり、戦略ファームはPlanのところのみにフォーカスしたビジネスを展開しているDoの組織であることの差に起因するのではないかと思う。

正直適切な戦略や戦術をPlanすること以上に、大人数の組織で適切にDoすることの方が遥かに難しい。

銃弾の飛んでこない司令室で如何に高度な戦略を立てて指示を出しても、戦場の兵士達はそんな人達を信頼しないし、今や現場の兵士も司令室と同じくらいの情報が持てる時代なわけで、司令室以上に現場感を有していることを含めて考えれば、司令室よりも現場の方が適切な戦略や戦術を立てられるし、より適切な判断が下せたりするのは当然なのかもしれない。

だからこそ近年の情報社会においては、業界や事業構造によって向き不向きはあるものの、基本的にはより現場に近いところに責任や裁量を付与し、出来る限りフラットな組織体制をとる方が組織が正しい方向に向かうのではないかと考えている。

その発想こそがホラクラシー型組織が注目を浴び始めている背景であり、我々がフラットな組織体制をとっている理由でもある。


ちょっと長くなったので、強引にこのあたりでまとめようと思うが、PDCAをチームで組織でしっかりと回せる人が仕事ができる人で、何らか専門性だけを有していればいいという話ではない。専門性を有している人はDoするプレイヤーとして一流だということであって、ゼネラリストだから仕事ができないとか市場価値が低いということではない。むしろチームを率いてPDCAが適切に高速で回せるような人は、間違いなく市場価値が高い。当たり前の話だが、それこそが経営リーダーなのだから。


PDCA、あなどるなかれ、思ったより奥が深い。

Atraeは明日で12歳。

さきほどアドバイザーをしてくださっている会計士さんがピエール・エルメのマカロンを大量に買ってきてくださったことで、社員ならびに役員一同、初めて思い出すというレベルでしたが(汗)

しかし思い起こせばこの12年間、本当にいろんなことがあった。

その中でも微塵も忘れることができない出来事はリーマン・ショック。
2008年末に発覚したリーマン・ブラザーズの破綻に始まった世界的金融危機の影響は、日本でこじんまりとサービスを展開するベンチャー企業の我々にももろにヒットし、2009年の売上は2008年のそれと比較しても約20%も減少するなど、本当に存続の危機に直面。

正直思い出したくもないが、その危機を乗り越えたことが今のAtreaの強さを生み出し、そして私自身の経営者としての成長・進化にも大きく影響したこともある意味事実。

12歳といえば人間でいえば中学生になり、まさに成長まっさかり、青春まっさかりの年齢にこれから突入していく年頃。

12年も経つともはやベンチャーではなく中小企業でしょ、なんて言われたりもしますが、Atraeは今も明らかにバリバリのベンチャー企業であり、組織面でも事業面でも挑戦しまくっている。

いつまで経ってもいい意味でベンチャー企業であり続けたいものである。

人間で言えば、いい意味で子供のような大人でありたい、という感じかもしれない。

そんなやんちゃな組織が今でも元気に頑張っていられるのは、法人・個人共に多くの素晴らしいお客様、信頼してくださる株主の方々、そして何よりも人生の貴重な時間を本気でこの会社の成長に投資してくれている仲間達と、本当に多くの人達の存在があったからこそだと改めて思う次第。

Atraeというのはスペイン語で「魅了する」という意味を持っている。

世の中の多くの人達を魅了する組織であり続けたい、そんな想いを込めてつけた名前。
この社名に恥じないよう、もっと多くの人を惹きつけられるような組織を創っていきたい。

Play business,play hard !!

最近の採用市場ではエンジニアやデザイナーがすこぶる重宝されている。
確かにこれだけインターネットサービス、テクノロジーサービスの時代が到来すれば、それを作れる人達のニーズが高まり、受給バランスが崩れていくのは自明ではある。


一方で私は仕事ができる人の共通点って決して専門性じゃないような気がしている。

じゃあなんなのか?
個人的にはこんな人が仕事ができる人の共通スキルなんじゃないかと考えている。

ターゲットや目標といったゴールを理解し、そこから逆算して現状の課題やそこまで到達するための方法や戦略を導き出し、それを組織を率いてやり抜く。途中でズレや誤算に気付いたらすぐにまたリプランしなおして、着実にゴールに向かって突き進んでいく。いわゆるPDCAを回すということ。

その中でも最初に立てる戦略プランの実現可能性が高いことや、組織を率いてやり抜けるリーダーシップやマネジメントができること、さらに高速でズレを修正しながら出来る限り最短コースを走り抜けられる人、そんな人達が仕事ができる人と呼ばれる人達なのかなという気がする。


これはゼネラリストにとっても、プロフェッショナルにとってもあまり変わらないベーシックスキルな気がしている。

個人的にはこういった能力や意欲を有する人が、営業、マーケティング、エンジニア、デザイナー、経理、人事などあらゆる部門においてどれだけ存在しているかが組織力に直結すると考えている。


ではどうやってそういうスキルを身につけるのか。

方法はいろいろあるが、一番わかりやすいヒントは、自分の上司が現在担っている仕事を担ったときに、自分が十分にやれるイメージを持てているかということ。

現在自分があるチームのメンバーであれば、来週からそのチームのリーダーやマネージャーに任命されたときに具体的に何をすればいいかイメージを持てているかということかなという気がする。

一般的な組織では出世すればするほどに、PDCAでいうとDoの仕事が少なくなっていく。
つまり自分より上席や責任を持つポジションにおける仕事が十二分にイメージできるようであれば、恐らくは視点も高く持てているし、PDCAのイメージが持てているのだろうと思う。

逆にそう言われて持てていないと感じる人は、もう少し視点を高く持ったり、日頃の業務遂行だけではない範囲にまで自分の守備範囲を広げてみたり、先輩や上司とのノミニケーションなどを増やしていくことで、イメージを具体化していくと良いかもしれない。

圧倒的な現場でのパフォーマンスも極めて大事だが、そういった「仕事ができる」ベーシックスキルを持っていなければ、なかなか責任と裁量を任せられないもの。


ゼネラリストでキャリアや成長といった壁にぶつかって身動きが取れなくなっている人は、まさにそのあたりのイメージが持てておらず、何らかわかりやすい専門性を身に付ければ成長できるような気になりがちだったりする。

それは得策ではないと感じる。もちろん専門性も重要なスキルなのは事実だが、ベーシックなスキルとしてより大事なのはPDCAを精度高く高速に実行する力。
それを個人だけでなくチームや組織でできれば更にパフォーマンスは高まる。
もちろんそういう力を持った上で、さらに専門性を高めていっても良い。


専門性に目が向けられがちな世の中だからといって、あまり目先に惑わされず、いつの時代も本質を見抜き、本質に向かって努力できる人が価値を創造するのだと思う。

ということで壁にぶつかって悩んでいる若手ゼネラリスト達も勇気を持って前に進もう!

先日、とある起業家の先輩とご一緒したときにふと言っていた一言。

「いよいよ俺達が過去に経験してきたノウハウが通じなくなってきている気がするね。」


本当にその通りだと思う。

テクノロジーの進化によって、人々の生活や働き方などが大きく変化し、それに伴い企業の活動のあり方やサービスや事業の価値の生み出し方がとんでもないスピードで変化していっている。

経営者として常に一線に立ち、高い情報感度を保ちながら、事業や組織をリードしていける人はカリスマと呼ばれるような人達なのかもしれないが、多くの一般的経営者(?)にはそんな芸当はなかなかできるものではない。

特にサービス開発、事業開発という側面では、大きな判断は可能でも、細部の作りこみや機能の企画などは、自分達が現場で様々な経験をしてきた時代とは異なることもあり、ヘタすると老害にさえなりかねないことを自覚する必要があると思っている。

一方で組織作りという側面では、豊富な経験や知識は十二分に役に立つ。
逆にここばかりは経験がないといろんな壁にぶつからざるを得ず、かなりの遠回りを余儀なくされがちだろう。

つまるところ、会社経営において組織や風土を創っていく役割と、事業やサービスを創っていく役割の両輪がある上で、前者は経営者として継続的に価値発揮できるし、経営者しかできない仕事だと思う反面、後者は自分よりも優秀で能力が高く、時代の最先端の感性やリテラシーを持つ人達に権限委譲していく方が圧倒的に成功確度が高まるのではないだろうか?!

いつの時代でも経営者が現場で指揮をとって立て直す、みたいな話はあるわけだし、私も時にそういう動きをするものの、実際にやるべきなのは(やれるのは)方針決めだったり、チームビルディングだっったりがメインで、サービスや事業についてはおおよその収益モデルのイメージや市場ターゲットなどには関わるものの、画面イメージや機能など細部についてはほとんどタッチしないようにしている。意見を言う場合もあくまでも1メンバーとしてフラットに言うのみ。

正直自分の感覚なんて古いに決まってるので、みんなの総合的な意見や、強い意志を持った担当者の意見を重視すべきだと考えて、そう行動するように徹底している。

40歳を超えて自分のリテラシーや感性の衰えと、テクノロジーの進化のスピードを認識した時点で、少しずつ事業やサービスへの関わり方を変えてきたわけだが、それが最近すこぶる良い感じでパフォーマンスに現れてきたように思う。

事業と組織、その両輪を最も得意な人達が担うことで、会社という車はより速く走れるということなのだろう。こういうノウハウってなかなか本読むだけじゃあ身につかないから難しいよね。

いつの時代もベンチャー企業で、ちょっとした壁にぶつかった途端に組織崩壊したり、踊り場になった途端にどんどん人が抜けちゃうような組織が沢山存在するが、そういう組織の特徴として経営者が事業開発、サービス開発に躍起になりすぎることによって、両輪のバランスが取れなくなってしまうケースが多い印象。

長期的に考えれば、両輪のバランスこそが経営の肝なのだと改めて思う次第。

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