麻布十番で働くCEOのBlog(旧・南麻布で働く社長のblog)

成功報酬型求人メディアGreenの運営や、インターネットサービスの企画・開発を行う株式会社アトラエの社長のblogです。

2012年08月

今日、昔からいろいろとお世話になっている人と数年ぶりに再会し、いろいろと良い刺激をもらった。

その中で最も重要だと感じたこと、それは社外の人と積極的に交流すべき、というアドバイス。


これは経営者の話ではなく、全社員、どんな役職、ポジションの人も積極的に社外の人と交流すべきだという意味。私自身、自分の経験からして直感的に心から共感。

確かに人が成長する上で人との交流ほど有効なものはないし、特に社外との交流から学ぶことは本当に多い。

頑張っている人と話をすれば「自分も負けてられない」と奮起するきっかけになったり、視点の高さや日々の工夫など参考になる話を聞けるかもしれない。自分が頑張ってると思っていても社外の人達はもっと頑張っているかもしれないし、全然違う次元で世の中に価値提供しているかもしれない。
そういう話を聞けるだけでも良い刺激になるし、学びは多い。

もしそれほど頑張れていない人であっても、自分が如何に仲間や環境に恵まれているかを再確認できたり、もしくは組織に対する愚痴を聞いて自分達も同じ落とし穴にはまらないようにしようと思えたり、それはそれで学ぶことはある。


少なくともオフィスに閉じこもって作業し続けたり、PCやスマホとにらめっこしたり、デスクでうーんと唸っていても、それほど良いアイディアが出てくるわけでも、気付きや成長のきっかけはなかなか掴めるものでもない。

例えば新規事業を考えるに当たっても、社外の人達といろいろと話す中で得る情報や知識から何かを思いついたり、自分が気付いてなかったニーズに気付かされたりする事はいくらでもある。


全社員が積極的に外と交流し、いろんなものを吸収、成長し、それを社内に還元するスパイラルこそが、組織として内向きになりすぎず、健全で良い状態なのだと改めて気付かされた。

日々ぶつかっている壁や苦労も、社外の人と話してみるとちっぽけな事だと気付かされたり、また社外の人からいろいろと聞かれることで、自分について改めて考える良い機会になったり、また自分の考えが整理できたりもする。社内で普通だと思っていたことが、市場的には普通じゃなかったり。。。

知見を広げる意味でも、気付きを得る意味でも、人脈を広げる意味でも、是非うちの社員には積極的に社外の人達と交流してもらいたい。その中で自分自身が外の人から価値を感じてもらえたり、魅力を感じてもらえるようなビジネスパーソンになっていってくれれば嬉しい限り。

私自身もこれまでの人生で本当に多くの社外の人達と交流をさせてもらい、そこからいろんなことを学んだことによって今があるので心からそう思う。

私もつい先月で38歳になり、世の中的には中年と呼ばれる年頃になった。

周りの友人達の多くはパパになり、家庭人として日々頑張って生きており、20代とはいろんな意味で環境や価値観が変わったと感じる人も多いのかもしれない。

家族のために、子供のために、という父親としての責任感を強く持ち始めている人が多いと思う。
それは素晴らしいことであり、家庭を大事にできない人は、人として一人前ではないとさえ思う。

一方で家庭を大事にするというのはどういうことなのだろうか。


頻繁に家で夕食を一緒に食べることなのか。
それとも経済的に不安のない年収を稼いでいることなのか。
それとも週末に家族サービスをすることなのか。

もちろんどれも方法の一つではあるのだろう。
どの方法が家族を大事にするということなのかは、その家庭や夫婦の価値観によっても異なるのかもしれない。

でも私自身は少なくとも年収の高い低いで家族を大事にしているかどうかなんで決まるわけないと思っているし、幸せな家族が年収に比例しているとも到底思わないし、周りにお金持ちが沢山いる私の経験則上、絶対にそうではないと思っている。

では時間を沢山一緒に過ごせれば幸せなのかというと、それまた違うと思っている。

もちろん経済的な面や時間的な側面において、程度問題はあろうと思う。
でもやはりそれがキーファクターではないはず。


私の勝手な価値観ながら、大事にしているのは、家族に対しても、ビジネスに対しても、趣味に対しても、本当に楽しそうに充実した日々を過ごしている自分の姿を見せることと、その楽しく充実した人生に家族を巻き込んでいくことだったりする。

多忙でしょっちゅう家を留守にしていたとしても、この人と一緒にいると人生が楽しいし、未来に対しても何の不安もないと家族全員に思ってもらえるような存在こそが、一家の大黒柱の役割であろう。

そしてその安心感や頼りがいは職種や企業、役職や年収からくるものではない。
その人の人間としての器であり、自分自身が自分の人生を本気で楽しんでいることが大事なのだと思う。

私は就職からして多くの友人達とは違う道を進んだ。
そして今もまた起業して試行錯誤している。
家族を持った今、いろいろと周囲では心配してくれる人も沢山いる。

しかし私もうちの家族も、何ら不安なことなどあるわけもなく、自分が大好きな仲間達と自分達で掲げた目標を実現するために日々ビジネスに没頭できていながら、それでいて5畳一間のアパート生活をしているわけでもなく、それなりに豊かな生活をさせてもらっている。

もちろん経営者である以上、いつどうなるかなんてわからない。
またワンルームのマンションに引っ越す日もくるかもしれない。
逆に大成功して今以上に大きな家に引っ越せる日もくるのかもしれない。

それでも最高にエキサイティングで、最高に楽しい人生だと思っている。
人と比べてではなく、自分自身が心底そう思えていることが大事だと思っている。

楽しくなければ意味がない、昔そういうタイトルのブログを書いたことがある。
もう内容さえも覚えていないが。。。

ただ食べるものにも住むところにも困らない今の時代(昔はまた環境的に多少異なるのかもしれないが)において、楽しくもない仕事を家族のためと自分に言い聞かせながら、我慢し続ける人生を送る理由なんて何もないと思う。

そう言うと反論もあろうかと思うが、楽しい仕事でちゃんと社会に役立てるように必死に努力すればいいと思う。別に年収400万円あれば家族で生活はしていける。
登山家であっても、作家であっても、音楽家であっても、コンサルタントであっても、それくらいは努力次第で稼げるはず。

家族だって毎日ストレスを貯めながら、家で仕事の愚痴ばかり言うお父さんがいいなんて思わないのではないか?
そんな人よりも貧乏だけど、イキイキと夢を追い続ける少年のようなお父さんの方が何倍もいい、そう思うような気がする。特に子供にとっては顕著だと思う。

私はまだ子供がいないが、子供から何歳になっても「かっこいい」と言われ続けるオヤジになりたい。
そのためにも夢は絶対に諦めないし、私自身が最高に楽しい人生を送っていることが大前提だと思っている。

それこそが家族を大事にすることの本質であり、幸せの本質なのではないかと思う。

新規事業や新規の機能の議論をする際に、意見が食い違うことは多々あること。

私が経験則上わかっていることをわかっていない若い社員とぶつかることもあれば、逆に私の感覚が古くて若い社員達が感覚で共有できることを私が納得いかなかったり。。。

平均年齢が26〜27歳くらいの会社の経営者として、立場や年齢を含めて誰の意見かということは最大限排除し、どんな意見かということだけを重視して議論をすることを心がけている。

なので逆に言えば同じくらいの熱量でブレストや議論をするし、自分の考えや主張は当然に強く押し出すべきだと思っている。


一般的な会社だと社長の意見は決定に近くなってしまいがちなので、そういう場で強く自分の意見を押し出す時点でブレストや議論が成り立たない印象があるが、I&G Partnersでは良い意味でも私を含めてフラットに議論ができる風土が成り立ちつつあると思っている。

社長の意見だから、新人の意見だから、賢い奴の意見だから、そういう思い込みは判断基準や論理的思考を鈍らせる。

もちろん最終意志決定をするのは経営者である自分であり、そこはどんな反対意見があろうと、責任をもって正しいと思う決断をするのが経営者の責任。


話は変わるが最近インターネットサービスの立ち上げ理論が様々言われている。
著名なものではLean Startupが盛り上がっている。

昔からスタートアップ戦略理論は膨大に存在している。
しかしそこにはいろんな落とし穴もあることを理解しないといけない。


具体例をあげるとわかりやすいかもしれない。

例えば、人材派遣と人材紹介の2つの事業を保有する会社の経営をやっていたとする。
戦略論的に言えば、両事業の法人営業部隊を一つに統合し、営業効率を高めワンストップで企業に複数のソリューションを提案できるようにするべき、という話になりがち。

ただ現場にそれを提案すると、現場の営業リーダーあたりはただ直感的にそれは効率が悪いとか回答したりする。そこにロジックも論理もないから、戦略論を展開する知的な人からすれば「わからん人だな」という気持ちにしかならない。

私自身もついそう考えがちなタイプだった。

しかし社員の心理やモチベーションやケイパビリティという見地を考えると、これはそう簡単な話ではなかったりする。

私の経験則上、上記の事例で実際に営業舞台を統合すると、パフォーマンスが著しく落ちる会社の方が多いというのが現実だと思う。

全社員が能力高く、経営視点を持っていれば理論通りになるはずなのだが、当然実際にはそんな会社はそうそうあるわけがない。

そこが経験がないままに戦略論のみを学んでいる人達の落とし穴になるケースが世の中多いのだと思う。実際に戦略コンサルティングファーム出身の人に、現場経験がないままに組織マネジメントを任せたときに、そういう結果に陥るケースを何度か見てきた。

結局現場の感覚値的な意見が正解だったと言うケースも多いのだろう。

なので戦略理論上正しいとしても、それがそのまま結果につながるかどうかという点では、もう少し人や組織、つまり実行における課題を理解しないといけない。


ちょっと表題と違う方向に話しが展開してきてしまったので強引にまとめると、、、、


戦略理論に詳しい人、技術に明るい人、現場感に長けている人、組織論やマネジメント経験豊富な人、そもそもビジネス経験自体が豊富な人、リテラシーが高い人、人それぞれの強みがある。

議論する時は誰の意見かではなく、その意見の内容を良く理解し、自分にない意見であればどういう意味なのか、何故そう言っているのかをちゃんと理解する努力をし、建設的に議論を重ねていくことが大事だということ。

私自身、若い社員に混じって真剣に議論を重ねることで、日々多くのことを吸収している。
そこに自分の経験を加えることで、より高いパフォーマンスを発揮できるはずだとも思っている。

だからこそ、これからも誰の意見かではなく、どんな意見かを重視するようにして、誰からでもどんどん吸収し、どん欲に成長していきたいものである。

最近インターネット業界では技術者がかつてないほど高く評価されている。

もちろんインターネットサービスを作る上で、技術やクリエイティブは極めて重要であり、考えたことが短期間で形にできる、そしてユーザーのフィードバックを受けて、どんどん改修していける組織は強く、そのためには技術力が鍵になる。

一方で組織においては技術力が高いということが直接的に評価に値するわけではない。

あくまでもその技術力を生かして組織の成長や成果に対して、どんな貢献をしたかということが評価のポイントになるべきだと考えている。


自己評価や360度評価と、経営者からの評価における差異が発生するケースは多々あるが、その一番の要因がこのポイントにある気がしている。

社員同士だと、論理的思考力が高いことや、技術力が高いこと、フレームワークを良く理解していたり、高度な業務に対応できることなどによって優秀かどうかという判断がされる傾向がある。
そして確かにそれは優秀であることの要因ではある。

ただし経営的な視点から評価する場合には、優秀であること以上に、どう貢献してくれたのか、という点こそが重要になる。

もしかしたら対応している業務は極めて単調な業務かもしれないが、それによって組織の成長に貢献しているのであれば、それは評価に値する。一方で複雑なデータ解析のような知的水準の高い業務を担ってくれていたとしても、その結果として組織の成長に貢献していないのであれば、それは評価に値しない。

もちろん個人として能力が高いことは、高い貢献をするために必要な要素であることは否定しない。
代替のきかない複雑な仕事(それが会社の成長のために必要不可欠であることが前提だが)を担ってくれる人はもちろん高く評価すべきであろう。

本当に力のあるビジネスパーソンは目標達成や組織成長に対する貢献を強く意識している。
管理部門のスタッフであろうと、会社を成長させるために自分がどんな貢献ができるかという視点を持っている人は、そういう視点を持たない多くのスタッフとは全く異なる発想や視点で仕事を遂行する。

個人的には会社は学びの場ではなく、個々人が持つスキルやノウハウをパフォーマンスする場だと考えている。そしてもっと大きく価値あるパフォーマンスをするために、いろいろと自己啓発し、自己成長のために努力する。

朝っぱらから思い立ったままに書いたのでちょっとまとまりがなくて恐縮だが、ビジネスパーソンとして大事なのは、自らが属する組織の成長や目標達成に対して、自分ができうる最大の貢献に焦点を定めて仕事をすること。

職務の内容や業務の難易度ではなく、その結果としてどんな貢献ができるかどうかのみが、組織における評価のポイントになるべき。

冒頭の技術者の話に戻るが、技術力が高いだけで市場価値があがりがちだが、大事なのはその技術力を組織の成長のために最大限活用できる人かどうかという視点である。

そういう視点で人を評価しなおすと、以外に評価が高い技術系の人って少ない気がする。

技術力が高いだけだと、海外の安価で優秀な技術に凌駕されるのも時間の問題かもしれない。。。

8月1日(本日)より弊社では新たな取組みをスタート。

その名も「8時だよ全員終了!」

・・・だいぶ昭和の臭いのするキャッチで恐縮です。。。


名前はさておき、読んで字のごとく20時には全社員通常業務を終えることを徹底しましょう、という新たなルール。

どうしても目の前の業務、短期的な取組みに日々追われることが多く、業務の仕組み作りや効率化、また中期的な戦略立案や自己成長のための取組み(読書やセミナー参加、社交など)に時間を避けていない人が多い。というかほとんどの人がそうだと思う。

余力のないベンチャー企業では当然そうなりがちだし、緊急度と重要度のバランスがとれれば理想だが、どうしても緊急度の高いタスク、業務に傾注してしまい、時間が失われていき、結果として重要度の高い業務やタスクに時間がとれなくなってしまうのが人の性。

それに加え、組織として9年近くが経過し、非連続な成長イメージが持ちづらい、まさに中小企業的な感覚に陥っているのではないかという危機感もあった。

そこから脱するために、全社員がもっと会社の成長や自分の関わる部門の中期的な戦略、仕組化、業務の効率化に対して、必死になって知恵を絞っていかない限り、非連続な成長の実現はないと感じていた。

それらを解決する方法として、全社員に20時には業務を終えるということを徹底することに。

具体的には、20時に業務を終えることで今までのパフォーマンスは下がらないと思っている。
もちろん簡単ではないが、全員が時間を大事にし、会議やメール処理やコミュニケーションなどの効率化、短時間化を必死に考えれば、間違いなくパフォーマンスは継続できる。

その上で20時以降の時間は、日常業務以外であればオフィスも自由に使えるようにした。
つまり中長期的な戦略ミーティングもあり、新規事業のブレストもあり、組織の課題について話し合うのもあり、ただただ息抜きに飲みに行くのもあり、個人でアプリを作るのもあり、としている。

今までは多少だらだらと深夜まで仕事してしまっていたところを、20時で区切ることで時間効率を極限まで高める努力をし、それによって生まれた20時以降の時間は日々の業務から少し切り替えて、更なる成長に向けた打ち手や日々の業務改善策を考えるなど頭に汗をかく時間に当てたり、自分の技術力を高めたり、読書や新規事業を模索するなどの時間に当てることで、会社をもう一つ上のステージに押し上げられるのではないかと考えている。

もちろんデメリットもなくはない。それでも習慣になってしまったことを変えるには、これくらいの荒療治が必要だと考え判断した次第。

社員からするとやりたくてやってるんだから、好きに仕事させてほしいという意見も多々あるとは思うが、それでも自身の中期的な成長、組織の中期的な成長を考え、まずは真剣に取り組んでみてもらいたい。

必ず良い結果につながるはず。そして社員の中で、緊急度と重要度のバランスをとって働くことが当たり前になった時点で、再度ルールをなくして自由に仕事に取り組めるようにすることで、今とは違うレベルの組織が作れると考えている。

挑戦してみないとその効果はわからないが、経験則上良い結果となるはず。

また2ヶ月後くらいに効果についてブログにて報告させてもらいます。

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