麻布十番で働くCEOのBlog(旧・南麻布で働く社長のblog)

成功報酬型求人メディアGreenの運営や、インターネットサービスの企画・開発を行う株式会社アトラエの社長のblogです。

2019年04月

今年に入ってから、働き方改革、ホラクラシー型組織、ティール型組織、エンゲージメント経営などの文脈から、多くの講演や取材の依頼を頂戴するようになった。また若い起業家や経営者の方々からの相談も多く、少しでも役に立てるのであればということで、時間の許す限りお会いするようにしている。


そんな中でよく聞かれるのは、どうやったら社員がエンゲージメント高く、意欲をもって働いてくれるのか、というような類のこと。

それに対して必ず聞き返すのは、

「●●さんは本当に社員の物心両面の幸せを実現しようと思ってますか?」

ということ。


もちろん組織改善のためのティップスや常套手段、効果的な取り組みなどは多々あるものの、大前提として経営者としての意志や意欲、情熱がそこになければ、いくら小手先のティップスを実践しても残念ながら長続きもしなければ、改善さえままならずに終わるだろう。

組織改善において大切なのは、制度やルールなどハードの改善よりも、社員の心理や意欲や人間関係といったソフトの改善から始めること。何よりも経営陣が本気で社員の物心両面の幸福を実現しようと思えば、社員との対話や問題点の把握からスタートする以外にないことは容易にわかるだろう。しかしながら多くのケースでは、残業時間削減や、フレックス制度の導入など、ハードの改善によってエンゲージメントを改善しようとしている。残念ながらそれは土台間違っている。


そもそも会社とは何か。
平成の30年間、日本は安易に米国から時価総額経営や目標管理制度など、一見資本主義においては合理的に見える経営スタイルを模倣しすぎてしまったように思える。

私は会社というものは、関わる人々が幸せになるために人間が知恵を絞って作り出した仕組みだと思っている。

関わる人々というのは、狭義には、働く人々、クライアントやユーザーなど顧客、そして株主だろう。実際には地域社会やパートナー企業などを含めた広義の関わる人々を幸せにするのが会社の主たる目的だと考えている。


経営のバリューサイクルとは、以下のようなものだと考える。


働く人々の物心両面の幸福の実現
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サービスやプロダクトによる顧客への価値提供
      ⬇️
顧客からの対価による売上・利益の向上
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株主価値の向上
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納税・雇用・パトロネージュによる社会貢献
      ⬇️
働く人々がより一層誇りをもち働きがいを感じる


経営とはこのバリューサイクルを適切に回すことであり、そのサイクルをとおして幸せにできる人の数が多ければ多いほど、優れた経営ができているということなのではないだろうか。時に赤字の状態でも会社を売却して成功を納めたとされる起業家も数多くいるだろうが、それは投資家や株主として成功したということであり、上記サイクルを適切にまわし、社員の幸せ、顧客の幸せ、社会への貢献が実現できていないようであれば、経営者としての成功とは言えないのではないかと思う。もちろん株主や投資家としての成功であることには疑いの余地はないので、だからといってそれが悪いことだと言いたいのではないが。

個人的には最近、日本を含め、米国や中国などの資本主義が少し行き過ぎているような印象すら抱いている。会社が時価総額や売上の成長を追求し続けることのためだけに存在しているかのような感覚を持っている経営者も多いのではないだろうか。もちろん関わる多くの人々を幸せにするために、売上や株価というのは大事な要素の一つであるのは間違いない。そこに異論は一切ないが、それが唯一最大の目的でないというのも事実ではないかと思う。

成功している会社はもっと社会全体への貢献や富の還元を意識していくことで、社会がサステナブルにまわっていく存在であるべきではないだろうか。

そういう意味でも、アトラエは行き過ぎた資本主義に迎合して株主価値や売上を向上させ続けるだけではなく、関わる人々を幸せにすることを第一義と、さらには地域社会や日本全体にも微力ながら貢献できる存在になるべく、チーム全員で力を合わせていく。

いつの時代も原理原則本質論こそが大事であり、経営者やリーダーたる人は決してその本質からぶれてはならない。

本日の日経新聞の1面の特集記事「働き方進化論」の中で、「何のために働くか」という質問に対して、「自分を成長させるため」と回答した人が20代で54.6%に上ったという記載があった。

個人的にはなんとも微妙な結果だと感じてしまった。

会社というチームで働く目的が自分を成長させるためなのだとしたら、会社は社員の育成機関なのだろうか。当然ながらそうではない。そもそも自分を成長させてどうしたいのだろうか。将来の経済的な不安をなくしたいということなのだろうか。それであれば十分な資産がある人であれば、自分を成長させたいとは思わないのだろうか。いろんな疑問が生まれてくる。

単なる持論にすぎないが、私は会社というのは単なるビジネスというフィールドにおけるチームでしかないと思っている。そしてフリーランスや副業など多様な働き方が受け入れられるようになった現代において、チームの意味というのは個人では成し遂げられないようなことを成し遂げるために集まった仲間なのではないかと考えている。

当然ながら一時的であっても戦力が欲しい会社と、一定期間で経験を積みたい社員の利害が一致すればそういう関係もありだと思う。一方で半数以上の人が働く目的を自己成長のためだと答えているのが実情だとすれば、極めて微妙な感覚が残る。

イチローや松井は、常に自分の記録よりもチームの勝利に少しでも貢献することの方が大事だと話していた。チームの勝利に貢献するために自分を磨き続けてきたのだろう。

もちろん人には成長意欲も向上心もある。成長し続けることも一つの目的かもしれない。しかしそれが単なる経済的な不安からの解放を目的とするものなのであれば、少し残念な気がする。人生を賭けて実現したい夢があり、そのために成長を志すような人がもっと増えると日本も変わっていくのではないか。

会社というのは社会に価値がある何かを実現するために仲間が集まってできたチームにすぎない。やはり会社に所属することの一番の目的は、その会社が持つビジョンやミッションの実現であり、そこに対する共感がないようであれば、どんなに能力が高くても弊社では採用しない。

もちろん会社のために犠牲になれという意味ではない。
自分の興味や関心のあることと、会社のビジョンやミッション実現への貢献の重なるところを見出すことこそが、チームの一員として最高に楽しくやりがいをもって働くための唯一の方法なのだと思う。

チームで何かを成し遂げるべく熱狂することの楽しさをもっと広めていかないといけない、そう思った今日の日経新聞一面。。。

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