会社は何のために存在するか。何を実現するために人が集まっているのか。

たまにそんなことを考える。

最近はtwitterのタイムラインでいろんな人が呟いていたりもする。

会社は究極的には利益を出して株主に還元するために存在するというコメントもあった。


個人的に思うのは、もっと上位概念として社会における存在意義を持つべきなのではないかという気持ちが強い。


株主というのはあくまでもステークホルダーの1人であり、資本市場の経済において時価総額を上げるなり、利益を配当するなりして、株主に応えていくというのは経営者の重要な役割であることは間違いない。

一方で会社はそのためだけに存在しているのか。

どうにもその理論には賛同しきれない。


人類において、株主が儲けるために会社という仕組みを作ったというのであれば、人生を賭けて会社で働く人達は、少数の株主のために頑張っているということになってしまうが、そうではないと思っている。


結果的に株主価値を高めていくことが、その会社が社会に価値がある会社になっていくことだったり、そこで働く人が幸せな人生を送ることだったり、そのサービスを利用する人が満足していることであったりにつながるのだと思うが、会社の存在意義がイコール株主に価値還元することという発想は違和感を覚える。


もっと意義のある社会的なサイクルの中に会社が存在するのではないか。

人々がより楽しく有意義に人生を送るためには、より良いサービスやより良いモノが必要であり、それを提供する会社が生まれることで社会が豊かになり、その対価で社員もより良いサービスやモノを手に入れられるようになり、、、といった具合。


当たり前のことだが循環する経済の中に会社という器が存在し、その器を使って社員が実現することは、あくまでも人類を豊かにするためにサービスやモノを提供すること。そしてその対価によって社員自身も豊かな生活ができるようになっていく。
株主はそんな器に投資することで、社会に意義のある器の数を増やし、器の大きさを大きくしていく。それによって対価も得る。

全ては人類が有意義に生きていくために作りだした循環経済の中での活動。

なぜかそんなことを考える今日この頃。

年なのかな・・・。