飛び石連休の合間だった今週の月曜、久しぶりに休みをもらったところ、今日出社してみたら何となく浦島太郎になったかのような不安感を感じてしまうのは、私の器の問題だろうか。。。

とそんな話はどうでも良くて、今日は言語におけるヒエラルキーについて感じたことを書いてみた。


「最近の若者が敬語の使い方がなっていない」という話は良く聞くこと。

尊敬語・謙譲語・丁寧語と日本語はことのほか敬語の難易度が高い。
お恥ずかしながら、かくいう私もそれほど理解して使いこなしていないかもしれない。


でも一方で英語にはほとんど丁寧か丁寧じゃないかくらいしか人間関係の力関係や上下関係を意識する要素が存在していない。これは英語を勉強している中で強く感じたというよりも、映画の会話シーンなんかを見ている時に強く感じることが多い。


映画の中で、娘の旦那さんが義父に対して、

「Hi, Mike. How are you?」

なんていう会話が頻発する。さすがに日本人的には相当違和感を感じる。


私も相当理解ある義父のお陰で、日頃から随分とフランクには会話させてもらっているが、さすがにファーストネームで呼び捨てにできる日は到底きそうもない(笑)。


まあこれは日本語の特性なのだから良い悪いではないのかもしれない。

Harvardのケーススタディにも、日本語というのは会話する相手との力関係や年の差、学歴、職歴などを凄く重んじて、それによって使う言葉を変えなくてはいけないというような内容が記載されていた。日本の組織・社会が激しくヒエラルキーを意識するのはそのせいなのかもしれない。


本日の日経新聞の一面に元部下が現在の上司になるという表現で、定年後の職場復帰について書かれていた。今の日本の一般的な組織を想像するに、本当にワークするのかどうか、怪しい気がするのは私だけだろうか。まあ1つ2つ上の先輩程度なら可能だろうが、15歳上の元上司をマネジメントなんて、私なら絶対にやりたくないw


ちなみに弊社においてはヒエラルキーを極力排除している。
人生経験(年齢)をベースにある程度の敬語は使っているものの、最低限の敬語をベースに、あとはお互いを仲間として信頼&尊重しつつフランクに会話することが基本になっている。
だからこそ誰をどう抜擢してもそれほどの違和感は生まれず、実力主義が徹底しやすいし、恐らく社員もそれに十分馴染んでいると思う。


話を戻そう。


「最近の若者が敬語の使い方がなっていない」


個人的には敬語を使いこなすことは、日本人として日本で生きていく上では必要な常識の範囲だとは思いつつも、ポジティブに捉えるのであれば日本人も少しずつヒエラルキーをことさら意識せずに会話できるように進化していっているということの現れかも?!


どっちがいい悪いではないが、弊社が目指す理想の組織においては、ヒエラルキーを極力排除して会話できる言語の方がベストかもしれないのと、個人的には相手との力関係を探りながら言語を選定しないといけないのは少しだけ面倒だなーと感じる今日この頃。