このブログでも何度か触れた経営のあるべき姿。
というよりは、私自身が理想とする会社・組織のイメージといったほうが正しいかもしれない。それについて、26歳で経営者になってから、10年近く考え続けてきた。
今存在する大企業のような組織を作りたいわけではない。
そもそも一度きりの人生、自分や仲間が楽しいと感じられないことを、一生懸命やっていくこと自体に疑問を持っている。
そういう意味で、何よりも楽しめること、楽しいことが人生において大事だと考えている。そしてそれは、決して楽(らく)であることとは同義でない。
そんな自論を持ちながらも、経営理論やマネジメント論などの本を読んだり、過去の事例から学ぼうとすればするほど、株式会社として、組織としてあるべき論がしみこんできてしまうという矛盾を常に感じていた。
例えば会議の進め方一つをとっても、いまだに疑問を持っている。
一般的な会議の効率的な進め方は、事前にAgendaが明確に共有されており、当日は司会進行者が適宜ファシリテーションしながら、脇道にそれたら戻すということを繰り返しながら、時間通りに進めていくことだという理解は全員同じだろう。
ただ昔から私自身、そういう会議を好まない。
このことを上手に表現できないのだが、何だか私自身が気持ち的にも、そういう会議に参加したいと思わない。
そんなんだったらノミニケーションのほうがよっぽど価値があるような気がする。
うちの会社はコンサルティングファームではないし、それを目指すつもりもない。
それなのに、何だか論理で組織を作ろうとしすぎているような気がする。
私自身は26歳から10年近くの間、経営を体で覚えてきた。
その過程で学んできたこと、本気で考え抜いてきたことなどがあるからこそ、今までの間、世の中が米国式経営をもてはやしても、時価総額経営に注目が集まっても、何一つぶれずにやってこれた。
ただここ最近、経営学などを勉強をしすぎたせいか、景気の動向に影響を受けているせいか、今まで体で覚えてきた自分の考えや信念を疑い始めていたような気がする。
本を読んだ上辺だけの知識をベースに、経営をしている人達との一番の差別化であり、私自身の強みであった経営者としての実践経験を、あろうことか疑ってしまったら、その時点でMBAホルダーでもなければ、コンサルティングファーム出身でもない私の強みは皆無といっても過言ではない。
ここ最近の私自身を振り返ると、まさに世の中一般論に基づく企業経営をしようとしすぎてきてしまったのかもしれない。
自分が創りたい組織、今までにない新しい組織、そういう会社を創ろうと創業したはずなのに、いつのまにか「べき論」にとらわれてしまっていたのかも。
好調のときはそんなことはなかったのだが、こういう景気になって耐える局面になればなるほど、思考が「べき論」に偏っていく気がする。
逆にそういう経営理論や戦略論に裏打ちされた判断や取り組みであれば、みんなに理解してもらいやすいし、それで失敗しても仕方ないと思ってもらえる、そう心のどこかで思っていたのかもしれない。
ただそれがそもそもの過ちだということに最近になって改めて気が付いた。
経営者であり創業者である以上、誰にも曲げられないポリシーを持つべきであり、それに対して賛同できない株主は別の会社に投資してくれればいいし、それと意見が異なる社員は違う会社に転職すればいい。
誰にとってもベストな会社や、全社員のモチベーションを気にしすぎたことで、窮屈な経営をしてきてしまった。
これを続けていく先にある未来は、どこにでもある普通の会社だろう。
それでも私は金持ちになれるかもしれない。
社員の給与も普通のサラリーマンより高くしてあげられるかもしれない。
でもどこにでもある普通の会社を創りたかったのか。
社員が飲み屋で上司の愚痴を言うような会社を創りたかったのか。
これからの時代、そんな会社は遅かれ早かれ転落していくような気がする。
もっと普通とは違う会社、一般常識を覆すような組織を創りたい。
それが創業時の想いだった。
改めて、原点に戻って創業者として組織を変革させていくべきだと改めて思う。
ゴアテックス技術を持つゴア社、奇跡の経営で有名なブラジルのセルム社、社員が楽しむことで有名なパタゴニア社、湘南にあるだらだら会議で有名なアルパック社、つい先日ガイアの夜明けで取り上げられたメガネの21社など、どの会社も普通ではない経営方針を取り入れていながらにして、成功し続けてきている。
その裏にあるのは、著名な学者やコンサルティングファームが生み出す経営戦略論に振り回されないような、類稀なる経営者の芯の強さや、組織風土の強さである。
そしてそれら全ての会社において共通するのは、
経営学 < 人間学
という経営者のベースの思考であり、社員一人ひとりの高い意識やモチベーション、そして何よりも経営者と社員の間の信頼関係が非常に高い状態であるということ。
間違ってもトップダウンのピラミッド型組織は、上記の中には存在しない。
これがこれからの経営における大きなヒントとなるはずである。
そしてそれ以上に大事なのは、それらの会社を模倣することではなく、経営者として自分が本質的にベストだと思える組織とはどういう組織なのかということを考え抜いて、それを実践すること。
本からの知識ではなく、自分が社員だったら、自分が働くとしたら、どういう組織がいいと思うか、そうい視点で徹底的に考え抜くことでしかホンモノは創りえない。
上記のような会社は真似する対象なのではなく、こういったある意味、奇想天外な会社が成長しているという事実を理解すること、そして自分達も自信をもってオリジナリティある組織の実現を目指すことこそが正しいと思う。
私も今月末で早くも35歳。
ここから経営者としてもう一つ上のステージに挑戦していこうと思う。
いつもながら徒然なるままに書いているうちに、いつの間にやら私自身の
決意表明(?)になっちゃいましたが、引き続き頑張ります♪
というよりは、私自身が理想とする会社・組織のイメージといったほうが正しいかもしれない。それについて、26歳で経営者になってから、10年近く考え続けてきた。
今存在する大企業のような組織を作りたいわけではない。
そもそも一度きりの人生、自分や仲間が楽しいと感じられないことを、一生懸命やっていくこと自体に疑問を持っている。
そういう意味で、何よりも楽しめること、楽しいことが人生において大事だと考えている。そしてそれは、決して楽(らく)であることとは同義でない。
そんな自論を持ちながらも、経営理論やマネジメント論などの本を読んだり、過去の事例から学ぼうとすればするほど、株式会社として、組織としてあるべき論がしみこんできてしまうという矛盾を常に感じていた。
例えば会議の進め方一つをとっても、いまだに疑問を持っている。
一般的な会議の効率的な進め方は、事前にAgendaが明確に共有されており、当日は司会進行者が適宜ファシリテーションしながら、脇道にそれたら戻すということを繰り返しながら、時間通りに進めていくことだという理解は全員同じだろう。
ただ昔から私自身、そういう会議を好まない。
このことを上手に表現できないのだが、何だか私自身が気持ち的にも、そういう会議に参加したいと思わない。
そんなんだったらノミニケーションのほうがよっぽど価値があるような気がする。
うちの会社はコンサルティングファームではないし、それを目指すつもりもない。
それなのに、何だか論理で組織を作ろうとしすぎているような気がする。
私自身は26歳から10年近くの間、経営を体で覚えてきた。
その過程で学んできたこと、本気で考え抜いてきたことなどがあるからこそ、今までの間、世の中が米国式経営をもてはやしても、時価総額経営に注目が集まっても、何一つぶれずにやってこれた。
ただここ最近、経営学などを勉強をしすぎたせいか、景気の動向に影響を受けているせいか、今まで体で覚えてきた自分の考えや信念を疑い始めていたような気がする。
本を読んだ上辺だけの知識をベースに、経営をしている人達との一番の差別化であり、私自身の強みであった経営者としての実践経験を、あろうことか疑ってしまったら、その時点でMBAホルダーでもなければ、コンサルティングファーム出身でもない私の強みは皆無といっても過言ではない。
ここ最近の私自身を振り返ると、まさに世の中一般論に基づく企業経営をしようとしすぎてきてしまったのかもしれない。
自分が創りたい組織、今までにない新しい組織、そういう会社を創ろうと創業したはずなのに、いつのまにか「べき論」にとらわれてしまっていたのかも。
好調のときはそんなことはなかったのだが、こういう景気になって耐える局面になればなるほど、思考が「べき論」に偏っていく気がする。
逆にそういう経営理論や戦略論に裏打ちされた判断や取り組みであれば、みんなに理解してもらいやすいし、それで失敗しても仕方ないと思ってもらえる、そう心のどこかで思っていたのかもしれない。
ただそれがそもそもの過ちだということに最近になって改めて気が付いた。
経営者であり創業者である以上、誰にも曲げられないポリシーを持つべきであり、それに対して賛同できない株主は別の会社に投資してくれればいいし、それと意見が異なる社員は違う会社に転職すればいい。
誰にとってもベストな会社や、全社員のモチベーションを気にしすぎたことで、窮屈な経営をしてきてしまった。
これを続けていく先にある未来は、どこにでもある普通の会社だろう。
それでも私は金持ちになれるかもしれない。
社員の給与も普通のサラリーマンより高くしてあげられるかもしれない。
でもどこにでもある普通の会社を創りたかったのか。
社員が飲み屋で上司の愚痴を言うような会社を創りたかったのか。
これからの時代、そんな会社は遅かれ早かれ転落していくような気がする。
もっと普通とは違う会社、一般常識を覆すような組織を創りたい。
それが創業時の想いだった。
改めて、原点に戻って創業者として組織を変革させていくべきだと改めて思う。
ゴアテックス技術を持つゴア社、奇跡の経営で有名なブラジルのセルム社、社員が楽しむことで有名なパタゴニア社、湘南にあるだらだら会議で有名なアルパック社、つい先日ガイアの夜明けで取り上げられたメガネの21社など、どの会社も普通ではない経営方針を取り入れていながらにして、成功し続けてきている。
その裏にあるのは、著名な学者やコンサルティングファームが生み出す経営戦略論に振り回されないような、類稀なる経営者の芯の強さや、組織風土の強さである。
そしてそれら全ての会社において共通するのは、
経営学 < 人間学
という経営者のベースの思考であり、社員一人ひとりの高い意識やモチベーション、そして何よりも経営者と社員の間の信頼関係が非常に高い状態であるということ。
間違ってもトップダウンのピラミッド型組織は、上記の中には存在しない。
これがこれからの経営における大きなヒントとなるはずである。
そしてそれ以上に大事なのは、それらの会社を模倣することではなく、経営者として自分が本質的にベストだと思える組織とはどういう組織なのかということを考え抜いて、それを実践すること。
本からの知識ではなく、自分が社員だったら、自分が働くとしたら、どういう組織がいいと思うか、そうい視点で徹底的に考え抜くことでしかホンモノは創りえない。
上記のような会社は真似する対象なのではなく、こういったある意味、奇想天外な会社が成長しているという事実を理解すること、そして自分達も自信をもってオリジナリティある組織の実現を目指すことこそが正しいと思う。
私も今月末で早くも35歳。
ここから経営者としてもう一つ上のステージに挑戦していこうと思う。
いつもながら徒然なるままに書いているうちに、いつの間にやら私自身の
決意表明(?)になっちゃいましたが、引き続き頑張ります♪